母っちゃの介護(14)お金の問題が出てくるの続きです~。

会社を辞めてサッパリしたものの、辞めた当初はかなりうつ状態でした。

「これからは副業を本業にしていこう!」

気持ちを奮い立たせて頑張ろうと思った矢先、
ちゅわこのAmazonの店舗で販売している商品の件で、
あるメーカーとトラブルになりました。
詳しい事は省きますが…しばらくの間休店を余儀なくされ、売上大打撃でした。

さらに、せどり仲間から輸入商材の保管と発送を委託されましたが、
販売先の事情で販売することが出来なくなりました。
物販ってこういう不測の事態があるんだなと…
で、諦めて失業保険を申請することに。

失業保険、自己都合退職にはなってましたが、
介護離職に至った説明をしたら、3ヶ月の給付制限はありませんでした。
ていうか、ちゅわこの居た会社はブラック企業だと認識されてたようで…
月10万ちょっとの給付額でしたが、家計だけでなく、健康保険や車のローン、
さらに当時は猫のツピの病院代もあり、とても足りない状態で、
フリマアプリで自宅の不用品を売却していました。
※ハロワの認定日にはその分申告してました。
ハロワも調べてくれましたが不用品の売却ならばいいみたいです。

母っちゃは月のほとんどがショートステイでの生活になりましたが、
メインの月1の内科と認知症外来の通院日、そして月2回の整形受診時、
あと不定期に自宅に戻る状態が続いていました。

このころの母っちゃは、ちゅわこと妹の存在はわかるものの、
嫁入り後から現在の記憶がほとんど抜けてしまっている状態で、
ショートステイの仲間は、嫁入り前の大家族の一員だと思っているようでした。
自宅に戻っても

「おが様(ちゅわこのお婆さん)は?」
「ボンチ(2年位前に亡くなったちゅわこの叔父さん)は?」
「あとの人達は?」
「猫は?ヤギは?」
(母っちゃの実家は昔農家でヤギや牛や馬を飼っていた、今は居ない)

お盆に、母っちゃの実家へ墓参りに連れて行きました。
りんご畑を5分ほど歩いた先にお墓があるのですが、
母っちゃの足ではとてもそこまで行けず、
やむなくお仏壇を拝ませてもらう事になりましたが、
今どこに居るのかわからない。
叔父さん(母っちゃの弟)や叔母さん(弟の嫁)が誰か認識できない。
あげく帰りの車でせん妄を起こし、
頻繁に「トイレに行きたい」と騒ぎ、
入ったトイレで出したウンチを手づかみする有様。
もうちゅわこ達には、自宅で介護は限界になっていました。。

当時、就職活動もしたんですが、採用には至りませんでした。
ハロワからは、無資格なのに紹介されるのはなぜか介護職ばかり…
自宅介護だけでも限界でしたし、猫のツピの介護もしていたし、
前の職場のパワハラの後遺症と新たな商売の挫折感も半端なく、
どうしようと思っているうちに失業保険の給付期間が終わり、
貯金も底を尽き、ツピが亡くなり…ある日、妹が

「ショートステイに払うお金が無くなった!」

と言いました。
母っちゃの貯金もとうとう底をついてしまったんです。

とりあえず、働いて返そう…けど給料をもらうまでに支払うお金が無い。。
その時は、収入10万ちょっとに対して、支出は30万近い状態でした。

市の社会福祉協議会で、生活困窮者に資金の貸付をしている事を知り、
家にたまに来る民生委員に仲介してもらい、
相談に行きましたが…断られました。

社会福祉協議会の担当者の話では、
既に就職した人で、次の給料日が決まっているとか、
いついつ収入が入る予定の人でないと、お金は貸せないとの事。
そこまで困窮しているのなら、生活保護課で相談して下さいと言われ、
その足で相談に行きました。

ヤバいと思ってはいたけれど、そこまで困窮してたのかと、
我ながらショックでした。。
応対した相談員に、

「生活保護受けれるから申請しなさい。」

と言われ、申し込みの書類を受け取って帰りました。
が…その時は生活保護を申請する踏ん切りがつきませんでした。。
生活保護申請の後に調査員による審査があるのですが、
審査に通るとは思えなかったんです。

その頃、これまたせどり仲間から

「日雇い派遣、青森にもあるじゃん、ハロワより良いから申込みなよ!」

と教えてもらいました。
ネットでの派遣って怪しいんだろうと思ってたんですが、
情報を聞いて調べてみたら、日払いもあるし、
長期だと前払いもあるのが分かりました。
派遣会社でちょうど、某運送会社のバイト募集をしていたので、
早速応募して、その後妹も運送会社のバイトに巻き込み(苦笑)
既にショートステイの費用が滞納になってたのですが、
運送会社でのバイト代でなんとか年末までに払う事ができました。